Simple is innovation. With true simplicity?

デザイナー佐藤卓氏と、JBIGの野田泰平が、「ほんとうのシンプルは?」について語り合った。[前編]

2人が考える「美しい」についての定義やデザインというテーマに対して、モノづくりの観点や人間の感覚など様々な視点から深く、興味深い内容に富んだ対談となったため、前編・後編の2回にわたりお届けします。今回は前編です。

株式会社TSDO 代表取締役会長

佐藤 卓

1979年東京藝術大学デザイン科卒業、1981年同大学院修了。株式会社電通を経て、1984年佐藤卓デザイン事務所(現 TSDO)設立。
代表作に「ロッテ キシリトールガム」「明治おいしい牛乳」パッケージデザイン、「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE」グラフィックデザイン、「金沢21世紀美術館」「国立科学博物館」シンボルマークなど。また、NHK Eテレ「にほんごであそぼ」アートディレクター、「デザインあ」総合指導、21_21 DESIGN SIGHT館長を務め、展覧会も多数企画・開催。著書に『塑する思考』など。

株式会社JBI GROUP(JBIG)代表取締役CEO
株式会社P.G.C.D. JAPAN代表取締役CEO

野田 泰平

1979年福岡県生まれ。2010年に株式会社P.G.C.D. JAPANを設立。「年齢を美しさに変える人」を増やすため、スキンケア・スカルプケアの商品を開発、販売。また、2019年にはホールディングス会社である株式会社JBI GROUPを設立。企業理念『Pay forward』を掲げ、“世界を幸せにする人を増やす”という使命のもと、サスティナブルな商品、サスティナブルな事業を創造し、社会と未来に貢献する。

10年間変わらないもの。10年間言い続けてきたこと。

「しつこい」ほど、信念に基づいたモノづくり。

野田泰平(以下、野田) 2020年7月で、P.G.C.D.JAPANを設立してからもう10年になります。卓さんのプロダクトデザインがあるからこそ、P.G.C.D. JAPANの世界観をお客様に届けることができているのだと思います。卓さんから見たP.G.C.D.は、どんなブランドでしょうか?

佐藤卓(以下、佐藤) いい意味で個性的、独自の道を進んでいる会社ですね。ここまで本質を追求しながら、こだわったモノ作りをしている企業はそう多くない。私は創立当初からプロダクトデザインの部分をお手伝いしてますが、通常なら許されないこともGOをいただけるので、「これができるんだ!」と感嘆することもあります。僕自身もこれまでやったことがない提案させていただいて、それをどんどん形にしていくじゃないですか。そうなると提案した側も責任があるから、やったことがないことを突き詰めていく。初めての道を一緒に歩むことができる数少ない企業ですね。

野田 うれしいです、ありがとうございます。私は、自分では化粧品会社をやっているとは思っていないんですよ。化粧品業界では、シーズン毎に次々と新商品が開発され、発売されていきますけど、私たちは違う。数年かけて、1つのプロダクトを生み出すんです。採用面接でお会いする商品開発の方々は「そんなに時間をかけていられない」「何年も新商品を出さないのは怖い」と言いますね。

佐藤 一般的な化粧品会社では、早いサイクルでプロダクトを開発しているから、ゆっくり、丁寧につくることに不安があるのかもしれませんね。

野田 そうなんですよね。「それ失敗したらどうするんですか?」みたいな。

佐藤 なるほど、なるほど。

野田 私が業界の在り方で疑問に思うのは、「モノをたくさんつくらなきゃダメ。新しい商品をいっぱい出さないとダメ」と思い込んでいるところなんです。今、日本女性1人当たりが使う化粧品の平均アイテムは6.8品といわれています。これだけ技術が進歩しているのに、使用アイテムは以前より増えている。それはおかしいと思いますし、地球環境の改善にもならない。

P.G.C.D. JAPANが石鹸と美容液だけの2 ステップスキンケアを提案しているのは、「Simple is Innovation」だと考えているからです。この時代「モノを増やすことがイノベーションじゃない。もっとシンプルにすることがイノベーションでしょ」と伝え続けています。余分なものを減らして、本当に必要なものだけを使うことで、“人も地球も美しくしようよ”というようなことを、この10年間すごく大切にしていて。

 

佐藤 多くの企業は市場に合わせたモノづくりをしているんでしょうね。プロダクトを見れば、モノづくりの主体がマーケットにあるのか、自分の会社にあるのかが、時間とともにバレてしまう。その点、P.G.C.D. JAPANはしつこいほど、信念に基づいたモノづくりをしている。世の中がどうあれ、女性のため、社会のためにいいんだ、って思ったらそれを結構しつこくやるじゃないですか。「しつこさ」ってどういうことかというと、「疑い続ける」っていうことなんですよね。これでいいんだって思わない。でも、市場に頼るともう市場に合わせていけばいいので、これでいいんだって思えちゃう。信念に基づくと決して「これでいいや」と思うことなく、本当にいいモノを求められるんですよね。

価値とは付加するものでなく、本質的なもの。

野田 市場を作ることは、ある意味メーカーのエゴイズムではないかと感じることもあります。それが顕著に出ているのがファンデーションです。少し前まで欧米諸国の女性は使っていなかったですよ。でもこの数年で一変してしまった。日本の市場でよく売れていることに着目して、欧米でもファンデーションが展開されるようになったんです。今ではメイク方法を動画でアップするハリウッド女優もいて、もう皆が使うようになった。化粧品会社の多くは、マーケットをつくりたいがために、本来は不要な物を作り、売っているのではないかと思わざるを得ません。「本当の美しさって何?」と考えさせられます。

佐藤 P.G.C.D. JAPANは理念からスタートしているブランドであり、「美しくなる」ってことの本質を考えていますよね。私が共感できるのも、まさにそのコンセプトなんです。その人が本来持っている美しさを引き出す。だから必要最低限のものがあればいいという考え方が、とてもシンプルなんです。

野田 だから私たちは「究極のシンプル」がコンセプトでもあり、テーマでもあり、目指すものでもあるんです。卓さんは「本当のシンプル」についてどのようにお考えですか?

佐藤 シンプルなものって、逆にそこに触れる人間の側が入り込む余地がある。必要最低限のものなので、その人がカスタマイズできる、その人なりのものになれるものだと思うんです。それを使う人、持つ人のパーソナリティー、空間、環境に馴染んでいくもの。その人自身が入っていける「大きな懐」を持っているんです。でもシンプルではないものは、一方的に物から発信するだけで、カスタマイズできませんからね。

デザインには、エンターテインメントの一環として装飾的なものもあっていいと思うんですよ。美しい花火のように、一瞬綺麗で消えていくデザインというものも。でも、そんなものばかりが生活の中にあったら、煩くてしょうがない。ノイズになってしまうので、心地よくない。ところが上から価値を付け足したものばっかりが、金儲けのために世の中に溢れてしまっている。心ある人達は、もうウンザリしてると思うんですよね。

野田 すごく覚えてます。卓さんから付加価値っていう言葉が嫌いなんだって教わった時に、「そもそも価値がないからデザインで付加しなければならない、そんなもののためにデザインがあるんじゃない」と結構テンション高く語ってました。(笑)

佐藤 デザインとは、プロダクトそのものが持つ本質的な価値を共有するための「器」。付加価値を付けるために、デザインがあるのではないですし、経済を最優先するために付加価値を付ける、という発想は間違っていると思っています。

野田 付加価値という言葉は、誤解を招きますよね。後から価値を加えた印象を与えてしまう。

佐藤 とりあえず何かをくっつけて商売を成り立たせようとしてしまうと、プロダクトの真の価値を見失ってしまうんです。ユーザーに「何を届けたいのか」といった本質を見つめ続けることで、やるべきことが見つかるし、価値が磨かれていく。原石はそんなに綺麗に見えないかもしれないけれど、磨きをかけた時にすごく美しいものが中から出てくるような…。だから、実は素晴らしい価値は既にそこにあるんですよね。

P.G.C.D.は、既に世の中にある基礎化粧品を見渡したときに「これだけでいいんじゃないか」というものを見つけたわけじゃないですか。それを凄くいい物にしていくっていうことを実行してますよね。それはデザインの大切な作業と、すごく重なるんです。

“美しさ”にあって“Beautiful”にないものとは?

「西洋的合理性」と「日本的合理性」。

野田 日本の「美しい」という言葉は英語の「Beautiful」と全然違っていて、そこには時間軸があると思うんです。手間がかかったり、すぐ手に入るものはすぐ失われるといった、美しくなるためには時間が必要なんです。日本の「美しい」は日本的な合理性のもとに成り立っている。手間ひまのかかることだけど、でもそれは非効率ではなく本質的にすごく大事なプロセス。西洋的合理性でそのプロセスを外してしまったせいで、本当はその過程を歩んでいかないと感じられない大切なものが、なくなってしまっている。なので僕たちのブランドは、自分のために手間ひまをかけることの素晴らしさをお客様にどう伝えるか、いつも考えています。

佐藤 身体性なんですよ。体を使う、その行為とともにそのものが自分のものになるっていう。「経験もデザインしてる」っていう事ですよね。だから、それが効率だけを考えていくと、素敵な仕草とか貴重な経験とか身体性みたいなものが、どんどん削ぎ落とされていってしまう。実はそれすごく重要なのにね。でも傘だってボタンひとつでバサッとさせる。だけど手を使ってさした時の素敵な仕草みたいなものは、全部無駄だっていう考え方でしょ。でも傘をさすときの仕草っていうのは、その仕草を含めて傘と自分の関係が生まれる。現代の効率優先の社会だと、全部削ぎ落とされていってしまいますよね。

 

野田 剣道・柔道・茶道・華道、「道」のつくものの上位者の方達なんかのお作法ってやっぱり美しいし、無駄がない。でも、あれはすぐにできない。

僕たちの石鹸も1個125gってちょっと女性の手からすると大きい。だから泡を立ててる時からすると、最初はこれを落とす人たちがいらっしゃるんですよね。でもその「あ、もったいない。」っていう、この丁寧に扱おうっていう気持ちはそれだから生まれるんだと思うんです。この大きさだからこのフォルムだからこそ、どんどん自分の手に馴染んでいく。それがどんどん自分の肌が綺麗になっていく時間とともに、この石鹸が愛着を持つようになっていく。手間がかかるけど、でもそれこそが美しさというか、ほんとうのシンプルだと思うんです。

佐藤 結局“泡立てる”という行為が生まれるわけじゃないですか。それって、そのものに参加してるんですよね。すると、自然とその人なりの使い方が生まれてくる。さっき言ったすごくシンプルな物っていうのは、そういった自分がそこに入り込む余地があって、工夫とか自分のソフトがどんどん活かされるんです。現代は、人間が素晴らしいソフトを山ほど持っているのに、全部外部化していくわけですよね。ボタン一つ、簡単にタッチ一つ、それで済むようにしている。「便利」っていうのは、「体をいかに使わなくするか」。どんどん身体を退化させている。愛着っていういい言葉がありますよね。愛着が湧いてくると、物と人の関係が近づいていく。どんどん自分のものになっていくんですよね。それが本当の意味でシンプルな物だと思いますね。

野田 「アンチエイジング」って言葉がありますが、ヨーロッパだと「年齢を持つ」って言うんですよ。「私40歳持ってます」「私50歳持ってます」持つことでより人生が豊かになる。だから、本当の日本の美しさっていうのはヨーロッパでいう年齢を持つと同じように、時間をかけるからこそ得られるもの、価値が生まれたりするのに、それを全部抗おうとする。だから僕たちはシンプルな石鹸とローションで「お客様の肌がずっと自分らしくいていただけることを、お手伝いしてるんですよ」っていう話はすごくさせてもらってて、喜んでいただけてます。

佐藤 (石鹸の)この形も時間かけて作ったもんねぇ。

野田 フォルムのカーブとか、卓さんと一緒に何度も調整しましたよね。やっぱり大きい方が最初は余るんだけど、それが丁寧に扱っていくことでどんどん自分の手に馴染んで一番時間が長いのがこの125gなんだって言って、この大きさになって…。で、泡だてしやすいようにこのフォルムになって。石鹸自体はフランスで作ってますけど、型はイタリアで作ってるんですよ。そんな面倒な型は作れないってフランス人が怒って、最初のこの石鹸の形ができたっていう…。伝説の話ですけども(笑)

五感で感じ、眠っている感覚を呼び覚ます。

野田 経験って、すごく大事だと思っているんですよ。話がそれますが、先日「最後の清流・四万十川」、最後の清流ってものを知りたくて、わざわざ行ったんです。本当に川を触って、川に入って、川遊びをしてきました。そこで、空を見て、景色を見て、リアルで地球の大きさを見て、川の美しさを見て冷たさを知って、空気のきれいさを知るっていうのは、何者にも代えがたいんですよね。人間ってセンサーがたくさんあるのに、今は検索で情報だけで美味しく見えるとか、情報だけでそれが美しい気になっている。結局テキスト情報とか画像情報だけだと、違いが分からないじゃないですか。やっぱりリアルの広大な空間の中で感じる風であり光であり、その冷たさでありっていう五感は、実際に感じないと。

佐藤 自然豊かな場所に行くと、普段は眠っている感覚が呼び起こされる。子どもだって、都会で暮らしていれば、どんな感覚を持っているかが分からなくなってしまいます。それに気付かせてあげるのは大人の役割ですよね。

野田 この会社を立ち上げてから、毎月お客様をここ(ICHIE)にお呼びして「洗顔エステサロン」というのをやっているんです。ECだと、ついデータの数字だけ分析するんですよ。でもそれは後でいい。まず3人でもいいからここに来てくださるお客様とお話をして、どんなトーンで、どんな表情で、どんな言葉を選んで、僕たちのものをお話ししてくれるのかっていうのをまず感じようよって、社内のメンバーに言っているんです。そこからデータの話をするならいいけど、そこがないのにデータってちょっと違うんじゃないかと。ECをやってるからこそ、リアルなお店がないからこそ、それを重要視していて。リアルじゃないものを勝手に自分で想像だけで作っちゃうと、嘘になると思うんです。

佐藤 現代社会ってやっぱり感覚を鈍らせる。人間っていうのはそもそもすごくデリケートなセンサーを持ってるのに、特に都会で暮らしているとどんどんセンサーが鈍っていく。解像度がすごく荒くなっちゃう。細かい目盛りがもう必要ない状態になるので、それが活かされない。でも、私が信じてるのは、人間にはその感覚がなくなったんではなくて、都会に住んでるから眠っているだけ。だから、自然が多いところに旅行に行くと、そこの空気とか光とか風を感じた時に、普段眠っていた感覚が呼び覚まされて背中がゾクゾクするじゃないですか。あれってまさに、普段眠っていた感覚が呼び覚まされる感覚だと思うんですよ。だから、眠っているものを呼び覚ましながらものに触れてもらえるかっていうのは、デザインを考える上でものすごく重要なんです。「あ、この感覚いい。」とか「気持ちいい。」とか呼び覚ましたい。で、人ってそうなった状態は、気持ちよさや喜びにつながるじゃないですか。だから私は、質感とか体感して頂いた時にどう体感していただくといいのかっていうのは、すごくこだわるわけです。P.G.C.D.は物作りでそこにこだわってるじゃないですか。人間の解像度をどんどんまた呼び戻すっていうことは、喜びにつながる気がするんですよね。

野田 実際、泡とかローションのエクラとかのテクスチャとか、肌に塗った感覚とか、カンテサンスを頭皮に染み込ませた感覚なんかっていうのも、そういうことなんですよね。

 

佐藤 これじゃないんだ、と。もうちょっと、もうちょっとこうならないかって。それってとても細かい目盛りですよ。細かい目盛りを合わせていくみたいな作業ですよね。

野田 あるお客様が「石鹸が届いたときは1人で部屋にこもり、開封した瞬間にフワっと漂う香りを誰にも邪魔されずに楽しんでいる」とおっしゃったんです。お客様にこうした幸せもお届けできているんだと知って、とてもうれしくなりました。

佐藤 そこには、既にユーザーとプロダクトの間に特別な関係が築かれていますよね。こうした感覚を呼び戻すことが、使う人の喜びにつながっている。それがこだわりでもある。P.G.C.D. JAPANのプロダクトが、人間が元来持ち合わせているセンサーを使うきっかけになるといいですよね。

野田 「肌が美味しいって言ってないんだよ!」って、僕言ったりとかするんですけど、何言ってんだみたいな顔で見られる時もあるんですけど(笑)。

佐藤 普段鈍っちゃってる人には、それがわからないわけですよ。いかに鈍ってるかってことなんですよ。現代社会って、どんどん放っておくと感覚を鈍らせる社会なので。IT系のテクノロジーが可能にする便利社会は、実は人間の感覚を鈍らせているところも間違いなくあるじゃないですか。1日中スマホをいじってたら、かなり感覚鈍ると思う。

野田 こんなちっちゃい画面見て。だから多感な子供たちがスマホばっかりやってるのは、人生の大事な細胞が1番活性化して吸収しなければならない時期に、大変な損害ですよね。

後編に続く)